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おれのオゴリ!んっつ?

会社の近所の定食屋で、同僚のBちゃんとお昼ご飯を食ってたら、えらいヘタクソなカホン(箱型ペルーの打楽器)と歌が聞こえてきた。定食屋に「流しのおじさん」がやってきて、、カホンをぼこぼこ叩きながらアフロペルワーノ(ペルー黒人音楽)を歌い始めたのだ。

し、しかし・・・・ひ、ひどい・・・。はっきり言って・・・ひ、ひどすぎる・・・
「た、ただの騒音・・・じゃないかあ
と、憤ってるのは私だけで、騒音には寛大なペルー人は(関連ブログはこちら→デザートは別腹?)、みんな気にせずぺちゃくちゃ喋りながらお食事中。

やっと、なが~い1曲を奏で終わったおじさんは、チップを求めてテーブルを回り始めた。

ふと、見ると前に座ったBちゃんがバックを開けてモゾモゾしている。どうやらチップを出そうとしてるらしい・・・。

もぞもぞ・・・もぞもぞ・・・・もぞもぞ・・・もぞもぞ・・・

「仕事は優秀だが、アフターファイブは別の人」という異名をとる、仕事を離れるとダメダメのBちゃん。

もぞもぞ・・・もぞもぞ・・・・

結局、小銭が見つからなかった・・・。らしい・・・。

散々モゾモゾした挙句、今度はおどおどしているBちゃんに、

「セニョリータ、心配すんなよ。
今日は俺のおごりだぜ

と、満面の笑顔できめ台詞!の流しのおじさま(←おじさまに昇格)。

思わずBちゃんも
「Garacias Señor(ありがとう)
って、

・・・・何が「俺のおごり」じゃ・・・・。よく考えたら意味が分からん・・・。

しかし、このセンス。参りましたおじさま。

そして、おじさまに「奢ってもらって」素直に喜んでるBちゃん・・・あ、あんたも素敵・・・。

VIVA! おじさま!! VIVA!!カホン!!!
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オコチャマはオジャンタがお好き?

皆さんご存知ですか?
ペルーは今大統領選挙の真っ只中。

大統領は国民直接投票で選ばれる上に、選挙が義務!?(投票しなかった人は罰金よ~)のペルーでは、6月4日の決選投票に向けて国中盛り上がりまくってます!
「宗教と政治と野球の話は飲み屋でするな!」を座右の銘とする私にとってはありえない・・・、会社の中も、打合せの待ち時間も、エレベーターの中も、レストランも、駐車場のチケットもらう時も・・・どこもかしこも・・・今ペルーは

「大統領選で誰に投票するのか??」
という話題一色である。

ちなみに、そんなホットな話題の中心人物は、
「民族主義者で、急進的で、共産主義的、危ない香りのする元陸軍中佐-オジャンタ・ウマラ候補」
と、
「マイノリティー出身をウリにのし上った伝説の男フジモリ前大統領の直系、元ペルーのファーストレディ-ケイコ フジモリ候補」
の、二人である(下馬評談)。

つまり、二人の共通点はある意味「亜流(白人富裕層出身ではない)」で、ビンボー人の味方(自称)で、つまり既得権益層の敵(多分)なのである。
オジャンタに至っては公平な社会を実現すべく一部産業の国有化までちらつかせているので、一部上場企業の会社員とか、自営業の社長さんとか・・・お金持ちは今回の選挙結果に恐々としている。

ペルーのノーベル賞作家マリオ・バルガス氏に至っては「(大統領選挙は)『エイズ』か『末期がん』かを選択するようなもの」と、までの超暴言を吐いてらっしゃる(ま、この発言は1990年の大統領選挙に出馬して、ケイコのパパフジモリに惨敗した同氏のウラミ・ツラミ発言という噂もあるが・・・)。

そんなこんなのリマの空の下、公園のベンチに座ってアホ面でアイスクリームを食っていたら、パツキンの身なりの良い少年(小学生低学年くらいかな?)が私に走りよって来て

「ケイコ!」
と、叫んだ。

「バカヤロウ 私の方が100倍イケ女子だろう」→ケイコ氏のビジュアルはこちら
と、心の中で少年を罵倒しながらも、

「ケイコじゃないよ~
と、にっこり。

しかし、少年の友達3、4人もわらわらと寄って来て、
「ケイコ!ケイコ!!ケイコ!!!」
と、ケイココールが起こっってしまった・・・。

「おおつうう、熱烈なフジモリスタの集団?」
かと思いきや、

おもむろにパツキン少年がが、
「僕オジャンタが好き!」

ん、んんつ???

「オジャンタが勝ったらね、マイアミに引っ越すんだ
と、胸を張る少年。

そして、もう一人の碧眼の少年も、
「僕んちはね、オジャンタが勝ったらアルゼンチンに引っ越すの

「オジャンタ最高!
と、声を揃える少年たち・・・。

は、ははあ~

我社でも、取引先でも、レストランでも良く聞く大人たちの「ちょっと本気の冗談」、
「オジャンタが勝ったらペルーを脱出する!
を、子供たちは真に受けて信じているのだ。
きっと、テレビの大統領選挙ニュースを見ながら、小金を持った親父たちは
「オジャンタが勝ったら、みんなでマイアミに移住しよう~とかうそぶいているに違いない。

リメーニョ(リマっこ)よ、大志を抱け 大統領選(字余り)

もしくは

リメーニョよ、信じる者は救われる

で、ある。 ちーん

さ、6月4日の結果は如何に!??

VIVA!オジャンタ!! VIVA!!リメーニョ!!!

ペルー「かかあ殿下」事情

大変ご無沙汰しておりました。
書こう、書こうと思いながら・・・・またしても危うく1年10ヶ月の時が流れるところだった・・・(→関連ブログはこちら!あーあー時の流れのようにー♪)。
誰も待ってないという噂もあるが・・・更新待ってくれていた人がいたら・・・本当にごめんなさい。

さ、復帰第一弾のお題は・・・・「ペルーかかあ天下」事情!

中南米は一般に「マッチョ文化」のイメージじゃないですか?
しかし・・・、東京の街で大和撫子がくりひろげる光景が「三歩下がって夫の影踏まず」から、「三歩進んで夫は荷物持ち」に変化しつつあるように・・・、ペルーのマッチョ文化も変化しつつあるようだ。

この間、トゥルヒージョに旅行した時、懲りずに1日30ソルツアーに参加した私は(→チクライヨ版はこちら!潜入!格安ツアー)、ツアー参加者のマリータというおばちゃんと1日行動を共にした。
何でも、「結婚した年に旦那と二人でラブラブ旅行に来た!」トゥルヒージョに、な、なんと、16年ぶりに中学生の息子を連れて家族3人で遊びに来たらしい。

当然、16年前の思い出を探して・・・ラティーナのテンションは上がりまくりである・・・。

「ねえ~、16年前にこんな博物館なかったわよね~
「あれ、こんな壁画って前にもあったかしら~
「あそこで、二人でランチ食べたんじゃない~
と、ひっきりなしに旦那に話しかけている・・・・ここだけ聞いてると・・・なんだかただのラブラブ熟年カップルなのだが・・・・。

これらすべてのトークの頭には、吉本の漫才コンビ「大助・花子」の花子さんもびっくりの大声で、
「おい!GORDO(ゴルド)!!!!!」
という、枕詞のような夫の呼称がついているのであった・・・。

G、GORDO・・・・
そう、直訳すると「デブ
意訳しても・・・・やっぱり「デブ・・・である。

1日ツアーの間、少なくとも100回は公衆の面前で、ものすごいでかい声で「デブ!」と呼び続けられていた旦那様・・・。嫁のマリータ曰く「愛情を込めての言ってるからいいの」とのことであるが・・・
愛情の分だけ、「デブ
と、叫ぶ声はデカく・・・
そして、16年のキャリアの分だけ「デブ
と、叫ぶ声の迫力は凄まじい・・・。

つい、数十年前まで「三歩さがって」きた大和撫子の子孫である私は、その貫禄と凄みに・・・恐れ入ったのであった。

ちなみに、博物館の切符売り場にできた長蛇の列に並んでる時、
「結婚16年目ってすごいですねー
って、私が旦那さんに話しかけたら・・・・

「Soy Santo (私は聖人です)
と、結婚生活および人生の秘訣を一言に凝縮してお答えにならしゃった旦那様・・・・。
お、恐れ入りました・・・・

しかし、そんな会話を聞いてか聞かずか、嫁マリータは16年分の貫禄たっぷりに、
「GORDO! 切符買といて。セニョリータの分も入れて4人分!私達あっちの日陰でアイス食べてるから。Vamos! セニョリータ
と、私を誘ったのであった・・・。

ちーん(合掌)

VIVA! かかあ!!VIVA!GORDO!!!

通訳業・古今東西

昔、なんちゃって通訳をしたことがあるが、通訳というのはつくづく大変な仕事だと思う。
だって、「日本では中国語が公用語ですか?」とかいうアホな質問であっても、「日本語に決まってるだろ!ぼけ!」と、叫びたい気持ちを抑え淡々と通訳。
さらに「あ、なに言てるのか意味が分かりません」なんて、コトも許されない。まさに滅私奉公と集中力が求められる・・・大変なお仕事である。と、つい最近まで思っていた・・・・。

先日、技術者の出張者がやってきた。
しかし!地球の裏側ペルーで日本語⇔西語の通訳を探すのは至難の業である。ペルーの日系人はほとんど日本語できないし、日本への出稼ぎ経験者やら日本のマグロ漁船経験者のペルー人はたくさんいるけど、彼らに仕事の通訳は望むべくもない。

なんとかかんとか、職業通訳の某日系人おじいちゃんを探し出した。御年七十数歳!サイドビジネスは『マカ』の生産・販売!元気溌剌の愛想のよいおじいちゃまである。

そして、いざ現場に到着!したところ・・・・
「この原料は国内で調達できるんですか?」という出張者の質問に、
「輸入です!」と、彼が即答。

・・・・・・・・・・(沈黙)。←出張者

「す、すいません。通訳してもらえますか?」
と、慌てて私がお願いすると。

「え?この材料はペルーにはないですよ。私もこの業界に昔関係していたことがあって・・・・(中略)・・・・これは絶対輸入です!聞く必要ありません!!」
と、延々トークで断言。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(超沈黙)←出張者

そのトークしてる間に訳してくれよ、という怒りを抑えつつ、
「そうかもしれませんが・・・・。でも、今のは工場長への質問ですから。質問は淡々と通訳していください
という私の懇願に対して、

「絶対輸入ですよ~
と、まだぐずぐず言いながら、「これ輸入だよね?」(←「国内で調達できるんですか」と聞かないところが頑固者!)と渋々通訳してくださった。

「輸入です
という工場長の回答に、

「言ったとおりじゃないですか!やっぱり輸入です!私に任せてください!!!」
と、満面の笑みで勝ち誇ってあらしゃった。

私に任せってって・・・・。いきなり『ジャブ』を見舞われてしまった・・・油断できない通訳さんである。

その後、時にはご自身の意見を織り交ぜながら通訳をすすめてらっしゃったが、工場長の話がどんどん込み入った技術的になってきた頃、おじいちゃん通訳が繰り出した次なる『右フック』は、

「へーそうなんですか。すごいですねー。
じゃ、セニョリータ、お願いします。」
と、私に目線を投げかけ、工場長の説明に納得されたのであった。

・・・・・・・・・・・・・・(なが~い沈黙)

おいっつ!君が説明に納得してどうする!これじゃただの「工場長とおじいちゃん通訳の会話」じゃないか!肝心の出張者は全く蚊帳の外だろ。しかも、「セニョリータお願いします」って、一体私は何をお願いされてしまったのでしょうか・・・・。

要するに、おじいちゃん通訳、難しすぎて工場長の話がよく分からなかったのである。なんだそれ。しかも、私に通訳をムチャ振りするなんて・・・なんてなんて、だ、だいた~ん、大胆!な切り抜け方である。

最後に、先方が出してきた資料の一部の日本語仮訳をおじいちゃん通訳にお願いしホテルの部屋に撤退。シャワーを浴びて長~い1日を終えようとした私の部屋のドアの隙間からもぞもぞと、差し込まれる封筒・・・・。そしてそこには・・・・

『TOTITOUKI SYORUI WA GUENZAI ・・・・・』

手書きのローマ字(しかもスペイン語使い)がびっしり詰まった紙が・・・・詰まっていたのであった。ううっつ。戦中生まれの彼は・・・日本語の読み書きが出来ない上に・・・・パソコンも使えないことが判明した悲劇の瞬間であった・・・・

ちーん。

彼の繰り出した最後の『アッパー』に完全ダウンしつつも、夜中にパソコンに向かってカチカチ原稿おこしに励む戦後生まれの私であった。

翌朝、疲れきった顔色の私を見て

「セニュリータ。今度私の作ってるマカ飲んでみてくださいよー。効きますよー。昼も夜も。ひゃひゃひゃひゃ~
と、朝から元気いっぱい笑顔の下ネタトークおじいちゃん通訳に、延髄蹴りを見舞わない私は大人になったもんだ・・・。人間、亀の甲より年の功である・・・参りましたおじいちゃま

VIVA! 通訳!! VIVA!!ペルー!!!

ビジネススタンダード

この間、契約相手方の社長と重役が我が社やってきた。契約した仕事のやり方を契約時の合意とは違うやり方でやりたいらしい。

「いやー、最近ペルーでも中国企業の進出が著しくて、我々もいくつか仕事さしてもらってますけど・・・彼らとはビジネス習慣が違いますわ。やっぱり、日本、日本ですわ~
(↑
なぜか勝手に関西風訳)
と、狸顔の社長は、まずは大人のビジネスの基本の「き」である「ヨイショ」で切り込んできた。

そして、ひととおり狸社長によるヨイショ攻撃が終わったところで、腹心の部下、横綱体型重役登場!
「ほんと社長の言うとおりですわ~。しかし、我々と御社は同じビジネススタンダードでお仕事させてもろうてるから、本件は当然御社にもご理解いただけると思てますけど・・・・」
(↑またまた勝手に関西風)
と、後を引き継ぎしゃべるしゃべるしゃべる・・・・・・・・・。

もちろん、社長も隣の席で携帯いじくってるだけじゃない!
「そうなんですよー。そうなんですよー。彼が今説明したとおり・・・・」
と、横綱重役の言葉を受けて、さらに畳み掛けてしゃべるしゃべるしゃべる・・・・。

しゃべるしゃべるしゃべるしゃべる・・・・
・・・二人はしゃべりに喋ったり1時間半


どんだけ喋るんじゃ!!!
喋り続ける二人もお疲れだろうが、聞いてるこっちもメチャクチャ疲れたわっ

疲れ果てた私は、大人のビジネスの基本の「ホ」である、
「では、前向きに検討させていただいて、別途回答させていただきます
という切り札をきり、打ち合わせ終了。

狸社長は立ち上がりながら時計を見て
「うわっつ。えらい時間が経ってるわー。サッカーの試合が一つ出来たわ~」
と、雄叫びになられたのであった。

そして二人は、
「いやー、サッカーの試合よりむしろ疲れましたわ~
と、お互いの健闘を讃えつつ・・・我が社を後にされていったのであった・・・・。


しーん・・・・・・・・・・・・・・(沈黙)

社長!我社は御社と同じビジネススタンダードではない気が・・・・・します
ちーん(合掌)

VIVA!狸社長!!! VIVA!ペルー!!!

セニョリータ 全面撤退?!

大変ご無沙汰しており、申し訳ございません

さてさて、女子が集まるお弁当部屋トークといえば万国共通!ファッション、バーゲン情報、グルメ情報、旦那の悪口にそして・・・・・体重トークである。

馬鹿話をしながら、出前のペルー弁当をバカバカ食べていると、日本人スタッフの女の子が、おもちゃみたいな小さいお弁当箱を持って
「太ったわー、太ったわー、ダイエットしなくちゃ~
と連発しながら登場した。

どう見積もったって「160センチ、50キロそこそこ」の彼女のそんな発言に、現在「ペルー国民公認・妊婦体型」(関連ブログはこちら→セニョリータ 一時撤退)の私は、思わず延髄蹴りを食らわそうかと思っていると・・・・、最近涙のダイエット中で

「イモが食いたい~、米が食いたい~、パンが食いたい~
と、毎日呪いの雄叫びをあげながら、悲しみの「とうもろこしとサラダとチーズ弁当」ばっかり食ってるペルー人某女子が先制攻撃!

「あんたなんか全然太ってないじゃないぺルーでは、あなたなんて痩せ型よ、ヤ・セ・ガ・タ!」
と、彼女に向かって毒を吐いた。

「そうだ!そうだ!どこが太ってるんじゃい
と、私も心の中で同調していると、

推定「160センチ50キロ」の彼女は、

「私は日本人なの。ペルー人サイズで図らないでよ。日本では、Fちゃんみたいな子が痩せ型なの!私は太ってるの!ダイエットしなきゃいけないの
と、我が社きってのちっびこ日本人女子社員、推定「150センチ40キロ未満」のFちゃんを楯に応戦した。

しかし、某ペルー人女史もひるまず

「ふん、彼女は、ペルーでは、ENFERMA(病人)!DISNUTRICION(栄養不良)よ!」
と、負けじと一蹴したのであった・・・。

しーん・・・・・・・・

おおー。女の戦い!!!わくわく・・・
・・・してる場合じゃないか・・。や、やばい・・・
女の戦いは大好きだけど・・・このままでは、一日の唯一の楽しみである「楽しいお弁当時間」が・・・大ピンチ!と自称「お局様」の私は、二人の間を取り持つべく立ち上がった!

「まままま、そうよねー。ペルーでは、私ぐらいがちょうどいいのよねー。モテ体型なのよね~、きっと。ね、ね、そうでしょ女史?」

すると、女史は私に一瞥をくれた後、笑顔でのたまわれたのであった・・・・

「No! セニョリータ。セニョリータは、ペルーではGORDITA(小太り)です。

・・・・・・・・・・・・(沈黙)

ちーん。
な、なんで、私だけ「GORDITA(小太り)」なんじゃい

くそー

と、怒り心頭の私に、某ペルー人女史は、

「XXちゃんも言ってたよ。セニョリータは、中国のバレーボール選手みたいだって」
と、さらなる追い討ちをかけたのであった・・・。

・・・・・・・・・・・(超沈黙)

バ、バレーボール選手・・・。ペルーの国民的大人気スポーツで「MATADORA(殺人者)」の愛称で親しまれるペルー女子バレーボール選手・・。彼女たちは・・・皆様・・・巨大なむっちむちのお尻に、ご立派なぱっつんぱつんな太もも・・・・そ、そう・・・一言で言うと・・・

ゴルディータ(小太り)・・・・・。

ちーん。弁当を早食いし、早々にお弁当部屋から退散して会社の近所の散歩に旅立った私であった・・・。
くそー、くそー、くそー

「セニョリータ、いつのまにやらゴルディータ」
ちーん(合掌)

って、一句詠んでる場合か・・・
はー、私のセニョリータ復活の道のりは、遥か遠くそして険しいのであった・・・。

VIVA!GORDITA!!!! VIVA!PERU!!!

潜入!格安ツアー(最終編)

(注:前編・中編に続く最終編!先ずは↓をお読み下さいマセ
潜入!格安ツアー(1)
http://vivaperu.blog52.fc2.com/blog-entry-51.html
潜入!格安ツアー(2)
http://vivaperu.blog52.fc2.com/blog-entry-52.html

シパン博物館はすばらしかった。シパン文化も独特の世界観を持っていて非常に興味深い。
ペルーはインカだけじゃない!と改めてペルーの懐の深さが確認できたのであった。しかし!博物館の外に出ると・・・

真っ暗・・・・・・・・。

「今度こそツアー終了、撤退か!!???」
と、思いきや・・・我々は最終目的地トゥクメ遺跡へと一路さらに歩を進めた・・・。

そして、到着した先は・・・・

真っ暗闇・・・・。

「こちらがトュクメ遺跡でーす
と、添乗員さんの元気な声。・・・しかし・・・・・・・

・・・・・な、・・・・・・・何も見えん・・・・

と、思っていたら『時間管理』能力はないが、『機転とネゴ力と柔軟性』に秀でたこの添乗員さんは、さらに、

「では、今から展望台に向かいマース。遺跡が一望できて、すばらしい眺めなんですよー」
と、言い放ったのであらしゃった。

・・・・・・・???(←モンゴロイド、状況理解不能状態

なんとなく(っていうか、かなり)、腑に落ちない気持ちを懐きつつも、彼女の懐中電灯の明かりにいざなわれて前進する私たち・・・。
しかし、外灯もなく、ライトアップもされていない遺跡の中は・・・どこまで進んでもタダの暗闇・・・・。子供の参加者が次々に転んで泣き出したところで、ついに!

「こんな暗闇の中、展望台なんて行ったって仕方ないじゃないか!!!!どうせ何も見えないだろつうううう
という、怒りと疑問がついに参加者から呈された

そ、そのとおり!!!!仰るとおり!!!
し、しかし・・・・気づくの遅すぎるんじゃないか????参加者諸君???????どう考えても、最初から真っ暗だったぞ・・・。

ということで、私たちはホウホウの体でバスに逃げ帰ったのであった・・・。

帰りの道々も、
「あそこの展望台は本当にいい景色なのよー

と言い続けていた添乗員さん。

彼女の添乗員マニュアルに『時間管理』のみならず『常識的判断』という項目を付け加えてあげたくなった私であった・・・・。

かくして、無事チクライヨに夜9時帰還。
私の「ながーい、ながーいそして楽しい1日」が幕を閉じたのである

一人旅の私を「ポブレシータ(かわいそうな子・・」と、かわいがってくれたツアー参加者の皆さん&添乗員さん、ありがとう

ちーん(合掌)。

追伸:こちらに夕日に染まるトゥクメ遺跡と展望台と思しき場所の写真が・・・。ツアーが予定通り進んだらこの景色が拝めてたのか・・・な
http://www48.tok2.com/home/sawakon/6photogallery8/80photo.htm
注:こちらは人様のHPです。

VIVA!チクライヨ!!! VIVA!ペルー!!!

潜入!格安ツアー(2)

(注:前回からの続きです。先ずは「潜入!格安ツアー(1)」↓
http://vivaperu.blog52.fc2.com/blog-entry-51.html をお読みくださいマセ)

「Buenos Dias(おはようございま~す)
と、15分後くらいに、ゆる~いノリで現れた遅刻者を、何事も無かったかのように迎えてバスはいざ出発!

本日最初の目的地、プレインカの『シパン遺跡』に到着。しかし・・・
「みなさーん、遺跡見てますかー
と、思わず声をかけたくなるくらい、パシャパシャとみんな自分たちの家族・カップル写真を撮りまくり(い、遺跡の・・立場が・・・)。ぺちゃくちゃゆ~るゆ~ると、添乗員さんも一緒にだべりながら遺跡内にある博物館と墓地発掘現場等を見学。

結果、「早めの昼食」予定のレストランに到着した時は、もう14時半・・・
旅程の『3分の1』完了時点で、ツアー予定時間の『3分の2』近くを消費している・・・どうやって帳尻を合わすのか・・・若輩モンゴロイドには全く読めないペルー時間全開状態・・・。思わず、

「添乗員さん、時計お持ちですか?
と、尋ねたくなる若輩モンゴロイドの私である。

ペルー人の一日の中で、一番豪華かつ重要なランチタイム。もちろんコンセプトは「急がず・焦らず・ゆっくりと」。みんな、スターター、メイン、デザートのフルコースを当然のごとく思い思い、嬉々として注文していく(ランチは別料金)・・。同じものを頼んで、早く昼食を終わらせようなんてセコイことは誰も考えない・・・。しかし!思わず、

「みなさん、時計お持ちですか?
と、またまた尋ねたくなる若輩モンゴロイドの私であった。

ゆるゆる、ぺちゃくちゃ・・・みんながデザートまで食し終えた時・・・日も傾き始めた16時半・・・

ちーん(合掌)。

ペルーの『添乗員お仕事マニュアル』に『時間管理』という文字はないのだろうか・・・・(素朴な疑問)。

「博物館は18時までですので、お急ぎバスにお乗りくださーい」
って

「今頃かい!

と、突っ込みたくなる添乗員さんの掛け声に急かされてバスに乗った。

そして約30分後、本日第二の目的地『シパン博物館』に到着。いざ出陣!とバスを降りた所で、

「19時半の飛行機に乗らなきゃいけないけど、何時にここを出れば間に合うのかしら~?」
と、あるツアー参加者が添乗員さんに質問した。

添乗員さんは、即答で
「今すぐです(キッパリ)」

・・・・・・・・・・・・(沈黙)

確認したら車内の半分近くは、同じ便でリマに帰る人達らしい・・・。

「少々お待ちくださ~い
との言葉を残し消える添乗員の背中を見送りつつ・・・、「予定の3分の1完了で、撤退・ツアー強制終了か!!???」などと考えていたら、どこからか戻ってきた添乗員さんが、

「19時半の飛行機に乗られる方は、こちらにどうぞ~
と、ぞろぞろと人々を連れて再度しらっと消えていった・・・。戻ってきた添乗員に、

「あの人達はどうしたの?」と尋ねたら、

「博物館の見学が終わって、市内に戻る他のツアーバスに、ネゴってみんなを分乗させて貰ったのよ~←(超・余裕
だって・・。

す、すごい・・・・、めちゃくちゃすごい機転とネゴ力と柔軟性・・・・

ペルー『添乗員マニュアル』に『時間管理』の文字はないが、『機転と交渉力と柔軟性』については大きく書かれているらしい・・・・。

お、恐れ入りました。若輩私・・・・また一つ勉強させていただきました。

しかし!ツアー終了予定時間まで後30分。旅程はまだ3分の1しか終わってないぞ・・・・どうなるチクライヨツアー!!??最終回に続く(←ヤミツキ)

潜入!格安ツアー(1)

チクライヨで、「朝9時出発夜6時戻りで遺跡二つと博物館を巡る!」30ソル(約950円)の地元ツアーに参加した時の話。

日々、名付けて「estoy llegando (今着くとこ!)攻撃」にさらされている私は、
「どうせ誰も集合していないんじゃないの~?」と疑念を懐きつつ、集合時間の9時ちょっと前に出発地の公園に到着。おお~。超意外にもツアーバスは既にほぼ満席である。

我々は遊びの時には絶対遅れません」(←会社の飲み会で、仕事を優先して飲み会に遅刻しがちの日本人に対して浴びせられた批判)と、以前豪語していた我が社のスタッフが脳裏をよぎった・・・。さ、さすが・・・・おっしゃるとおり。遊びは全力!なのだ。

しかし・・・・バスはほぼ満席なのに・・・9時半近くになっても出発しない。
「んんんっつ?」と思っていると、添乗員さんが乗客に向かって、「あと一組到着してないからもう少しお待ち願いま~す」だって。

するとどこからか「そんな奴置いてけー、置いてけーとの声が。

さらに、「時間に遅れる奴が悪いんだー。もう出発予定はとっくに過ぎてるぞー。出発しろーと、あちこちから同調の声が・・・。

日頃のペルー人から勝手に想像すると「いいわよ~。待ってるわ~」みたいな感じでみんな意に介さないのかと思いきや・・意外な展開に・・・。や、やっぱり、遊びは超全力!!(さ、さすが・・)

すると、私と通路を挟んで斜め前にいたおばちゃまが、

「そうよ!時間を守るなんて常識じゃない!そんなんだからペルーはいつまでも発展しないのよ!!!先進国になれないのよー
と叫び、なんだか話がいきなり飛躍!
めちゃくちゃ話がでかくなってきたな・・・と、傍観していたら・・・・。

くるっつ

おばちゃまは、車内で明らかに唯一の外国人である私(なんてたって30ソルの格安ツアーだからね・・・外国人は見当たりません)を振り向いて、

「ね、そう思うでしょ!!!」

ええっつつつつつつ・・・・

思いがけない急展開に困惑する私。ううううううつつつつ、ど、どうしよう・・・なんか、雰囲気上・・・私の一言で本件決まっちゃう????と、いきなり進退窮まった私(←みんなの視線が集中してるでー)・・・・その瞬間、

「De donde es usted~ (どこのご出身~)?」
と、えらい間の抜けたおじさんの質問。ある意味・・・・話題はまたまた急展開・・・・。

「日本人です!
と、渡りに船で答える私に、なぜか社内から

「おおつうつつつつ~という歓声。

な、なんじゃこの展開????なにが「おおつつつつ~」なのかよー分からん?と思っていると、さっきのおばちゃんが、

「日本はハイテクなのよね。ディスカバリーチャンネルで見たわ。すごい技術がいっぱいあるのよね、先進国なのよね。きっと日本人は時間を守るんでしょ????」
と、畳み掛けてきた。成り行き上、

「10分前集合が基本です
との私の回答に、またまた車内は

「おおつつつ~

な、なんなんだ・・・・。
しかし、ひとしきりどよめいた後、みんな口々に日本の電気ブランドや、車や、バイクや、ディスカバリーチャンネルの話題へとそれぞれ戻っていった・・・。

よ、よー分からん。けど、な、なんか、た、助かった・・・(って、なにから?)。
そして、遅刻者の首もつながった・・・・。

どうなる???チクライヨツアー??? 次回に続く・・・(←一度やってみたかった)

ちーん(合掌)。

はい、ちーず(笑)

先日観光地で友達の写真を取ろうとしたら、

「セニョリータ~ボールペンちょうだい~」
と、いきなり後ろの壁から顔を出したお姉さん・・・・。

「も、持ってないよ~」(び、びっくりした・・

と答える私に、

「じゃあ、果物ちょうだい。持ってないなら飴ちょうだい。それもないならお金ちょうだい。タダじゃダメなら、歌うからお金ちょうだい。歌が嫌いなら私の写真とっていいからお金ちょうだい・・・・・」
と、立て板に水で要求してくる。なにがなんでも何か欲しいらしい・・・。

「ないないないない、ないないない・・・」
と、友達のベストショットアングルを探しながら、こちらも負けじと答える私。そしたら背後からいきなりでかい声で

「はい、ウイスキ~
↑日本の定番「はい、ちーず」と同じペルーの定番文句。
と、叫んだお姉さん。

びっくりした私は、手元がぶれてしまった。・・・もう一枚撮り直し!しようとしたら、またまた背後から・・・

「はい、チチャ~
↑とうもろこしで作ったペルーのお酒。
※さあ、皆様もご一緒に。笑顔になるはず。

な、なんなんだ・・・。
しかし、いいねー、いい笑顔だねー、私の友達。
よし、もう一枚!取ろうとする私の背後から、またまたお姉さんはさらにでかい声で・・・

「はい、チチャロ~ン
↑揚げ物・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・??????

て、おい!最後が「ロ~ン」じゃぜんぜん笑顔にならないだろう!
と、思わず振り返ってツッコンだ私に、へへっつと笑顔で

「私、チチャロン大好き

て、そんなこと聞いてないつうの・・・・・・。ちーん(合掌)。

なんだかよ-分からんけど。愛すべきお姉さんであった。

VIVA!チチャロ~ン!!!VIVA!ペル~!!!

恐れ入りました。スペイン語

どっかーん

朝から私の頭は爆発した。
原因は企画書である。企画書に書いてあることが分からない!

「ペルーではAという現状があるが、一般的にその原因はB、C、Dである。」
ふむふむ、で次文

「Bのような要素のあるペルーでは、Dのような要素も存在し、それによってAという現象が引き起こされている。」
んんっつ?←少し混乱

「つまり、Cに代表されるような状態が顕著なペルーでは、Aという結果が導かれ、それにはBとDも大いに関係しているのである。」

??????どっかーん
である。

私の悲劇的なスペイン語のせいだろうか・・・・「同じことが繰り返し書かれている気がするけど・・・」と思い、ペルー人スタッフに確認したところ。

「そうです!同じことを繰り返し言ってるだけです(きっぱり!!)」

「なんじゃ?そりゃ?????意味が分からん!企画書の基本は『結論から始め、論理的に端的に』だろう!!!!」
と、憤る私に、

またしてもペルー人スタッフは、

「スペイン語は愛を語る言葉です
企画書を書く言葉ではありません(超きっぱり!!!)」


・・・・・・・・・・・・(沈黙)

彼曰く、
スペイン語は愛を語る言語である。
→愛を語るためには、「愛してる」というたった一つの崇高な気持ちを何度も繰り返し伝えなければならない。
→しかし、「愛してる」を繰り返すのは無粋である。
→よって、たった一つの崇高な気持ちを、何度も違う表現で繰り返してこナンボなのである。つ、つまり・・・・・

「僕は君を愛している。なぜなら、君は美しく、優しく、純粋だからだ。君の優しさは、君の美貌をさらに輝かせ、その輝きゆえに僕の愛は深まっていく。純粋さこそが君の源であり、だからこそ僕の愛する君は優しく美しいのだ。・・・・・TE AMO

なのだそうである・・・・。

どっかーん

恐れ入りました(合掌)。さ、仕事しよう・・・・。

VIVA!スペイン語!!!VIVA!ペルー!!!

MADE IN PERU

ペルーの旧市街地に日本の「合羽橋」みたいな一帯があり、台所用品や食器などの問屋、小売店が軒を連ねている。ガスにかけるエスプレッソポットを購入すべくお出かけした。
店先を覗いていると・・・・・
「何をお探しですか?」「本日こちらが安売り!」「お買い得だよ!」
と、店員に全くやる気がないデパートと違ってなかなかの活気である。

その中で・・・私の耳にひときわ響く・・・売り込み文句・・・・・
「No hecho en China, Hecho en Peru! Hecho en Peru!!!!
(中国製じゃないよ。ペルー製、ペルー製!!!)


「ペ、ペルー製って・・・セールスポイント???
と、一抹の疑問を感じつつ、一品を選びお財布を取り出した私に、

「これはペルー製だから!
と、念を押すお兄さん。

お、思わず・・・・い、いたずらゴゴロが・・・・・。
満面の笑みと共に言ってしまった・・・
「Soy de China (私は中国人です)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(沈黙)←お兄さん
ちーん(合掌)。

ご、ごめんお兄さん、ちょっといたずらゴゴロが沸いてしまったのです(反省)。

お兄さんは、少し気まずそうに・・・・私に向かって・・・「ニーアオ」と、言いながら商品の入ったビニールを渡してくれたのであった。

VIVA HECHO en PERU! VIVA PERU!!!

アスタ・マニャーナ(また明日)!

我が社のペルー人スタッフは、軒並み超~前向きだ。
よって、未熟者のわたくしめは、彼らを人生の師と仰ぎ、日々彼らから多くを学ばせていただいている。

例えば・・・私の大好きなスタッフは・・・・
煮詰まった時、緊急事態の時、パニくった時、追い詰められた時・・・・ありとあらゆるシチュエーションで、

やるしかないね
と、ものすごい笑顔で、私をみんなを鼓舞してくれる。

「そうですよね!やるしかないですよね!!!
と、励まされる私。

「やるしかないね、セニョリータ。私もやるしかないよ!!! 一緒にがんばろう!!!」
と、さらに私をみんなを笑顔で鼓舞する彼・・・。
そんな笑顔に励まされ、「やるぞっつ!!」と心機一転がんばる私!

しかし、定時になった瞬間に・・・

「アスタ・マニャーナ(また明日)!!!!」
爽やかに、出口に向かって私の目の前を通り過ぎていく・・大好きなペルー人スタッフ・・・・。


・・・・・・・・・・・・(????)

「あ、あの・・・まだ事態は打開されてませんけど・・・・
と、彼を呼び止める私に

「出来なかったね
と、満面の笑顔と共に彼は去りぬ・・・。

ちーん(合掌)。

意気込みも人一倍だが、諦めは人十倍の彼であった・・・。
しかし、そのどこまでも堂々とした前向きな諦めっぷりに・・・人生についてまた一つ大切ななにか(って、なんじゃ?)を学んだ私である。


VIVA!マニャーナ!!! VIVA!ペルー!!!

モンゴロイドはワカヅクリ

この間、カハマルカ(インカ帝国最後の皇帝アタワルパ様が処刑に処せられた悲しみの地)の田舎に行った時、わらわらと子供に囲まれた。田舎の子供は無邪気でめちゃくちゃかわいい。どこに行っても「おしゃまさん」というのはいるもので、その中の一人が

「Como te llama? (名前は?)
と、口火を切ってきた。

「Soy セニョリータ(セニョリータだよ)
と答えると、ザ・モンゴロイドの私がスペイン語を話すのが珍しいのか、みんな「きゃー」とか声を上げながら大盛り上がりである。

そして・・・子供たちは堰を切ったように質問攻めにしてくる・・・「それって、どういう意味?」とか「どうスペルの?」とか「どこから来たの?」とか「ジャガイモ好き?」とか「なに言ってるのか全然わかんなーい」とか・・・矢継ぎ早に話しかけてくる。

そ、そしてついに・・・・お決まりの質問、
「Cuantos anos tienes? (何歳~?)

き、きたー。

しかし、誇り高き三十路は堂々と
「36歳!

そして訪れる
「・・・・・・・・・・・・・・」(突然の沈黙)

や、やっぱり。
最近いつもこのパターンなのだ・・・。

そして、ぼそっつとつぶやく子供の声

「お、おばあちゃんより年上・・・・・
(子供たちドン引き)


そ、そ、そう、そうなのです。
ペルーの田舎はまだまだ結婚年齢が早い。よって、一桁の歳の子供のお母さんはせいぜい二十代半ば、そしておばあちゃんが四十路前後なのである。
したがって、誇り高き三十路も下り坂の私は、往々にして彼女たちのおばあちゃん世代なのだ・・・・。ううっつ

さっきまで、「モンゴロイドのお姉ちゃん」感覚でトークしてたのに・・・、
その相手がいきなり「早くお手伝いしなさい!」とかいつも自分を叱っているお母さんを、さらに叱っている怖いおばあちゃんより年上と判明したのである・・・・そりゃ引くわな・・・。

ちーん(合掌)。

許せ子供たち。モンゴロイドは若作りなのだ

VIVA!三十路!!! VIVA!ペルー!!!

コーヒー王国?!

「ペルーのコーヒー、世界コーヒーコンテストで優勝!」
という話題が、少し前にペルーを席巻した。正確に言うと有機栽培部門らしいが(出品総数にえらい違いがありそうな気もするが・・・・)、一等賞を取ったことには違いない。えらい!

もともと、ブラジル、コロンビアと熱帯雨林で国境を接するペルーは、コーヒーの一大生産地なのだが、今までは「高級ブラジル産ブルーマウンテン」と書かれたインチキブルーマウンテンとかにまぎれて世に出回る悲しい宿命を背負っていたらしい。しかし、これで一躍ペルーコーヒーの面目躍如か??!!と今ペルー生産者の間では鼻息が荒くなっている。

しかし!リマの高級レストランやカフェはともかく・・・庶民派食堂や地方では、まだまだコーヒーの王道といえば、「NESCAFEインスタントコーヒー様である。

この間、アンティクチェリア(ペルー版串焼屋)に行った時、牛の心臓の串焼やらなんやら堪能した後、最後にコーヒーが飲みたかった。

「カプチーノありますか???」と、聞いたら。

「もちろん
との快(?)答。

・・・・
あまりの快答に一瞬不安がよぎったが、ここはリマの中の観光地。庶民派串焼屋とはいえ、週末は行列の出来る店だから、カプチーノくらいはあるんだろうと思い直した。しかし、念のために

「それって、インスタントじゃないよね? 機械でしゅばばばばーって作るカプチーノだよね?????」
と、口の端に泡ふかせながら、しゅばばばばーとカプチーノマシーンを真似して確認すると、

「もちろん
と、またまたの快答。

そして待つこと15分・・・(遅いんじゃ!)

お盆で運ばれてきたのは、カップの中で湯気をたてるお湯と、牛乳、ドドーンとでかいNESCAFEのインスタントコーヒー。

「ただのインスタントコーヒーじゃん
と、思わず叫ぶ私に

「No~!No~!セニョリーター。お湯はしゅばばばばーと機械で沸かしてます
と満面の笑みの回答。

ちーん(合掌)。

そ、そうよね、アンティクチェリアにあるわけないよね・・・カプチーノ。
あの、モソ(給仕さん)・・・・、本気なのか、からかわれたのか分かんないけど・・・。

インスタントコーヒーに練乳みたいな濃厚牛乳を加えたコーヒー飲んで帰途についた私であった・・。

VIVA!コーヒー!!!VIVA!ペルー!!!

うっとり。開かずの扉

我が社を退職したペルー人が、新居でのBBQに招待してくれた。
招待されたのは公園に面した素敵なマンション。建築家の嫁による渾身の内装も本当に素敵だ。
ヒュンダイの新車で「ホンダ車みたいだろう」(って、んなわけないじゃん!)と、迎えに来てくれた時・・・私は思い出してのであった・・・

ペルーに到着して間もない右も左も分からない頃、「スカイプ用のヘッドフォンを買いたい!」と会社で言ったら、「俺も欲しい!」とこのペルー人スタッフが、就業後に彼の車で一緒に家電量販店まで連れて行ってくれた。

量販店の駐車場に車を停め、やおら運転席を降りて、私のために助手席の扉を外から開けてくれる・・・・な、なんてエレガンテなエスコート・・・・

うっとり

と、いうのはもちろん冗談で、当時の彼の愛車は「アンティーク」も通り越して、限りなく「廃車」に近い赤い車
なんと、助手席の扉は窓ガラスの開閉用の取っ手も、ドアの開閉用の取っ手も・・・・すべて遠の昔に失われており・・・・まさに内側からは

「開かずの扉 
と化していたのだ・・・・・(そう、外側からしか開けられなかっただけ)。

ちーん(合掌)。

そんな彼も、いまや「嫁が独身時代に買った」素敵なマンションでウキウキ新婚生活である。

末永くお幸せに

VIVA!開かずの扉!!! VIVA!ペルー!!!

ベソ(キス)に始まり・・

「HOLA! ちゅ
「CHAO! ちゅ


ペルーの挨拶はベソ(キス)に始まりベソに終わる。

今では慣れたが、初めはびっくりした。な、なぜって・・・友達だけじゃなく、ビジネスの場の挨拶もベソなのだ・・・。要は初めて営業に行った先で、会ったこともないおじさん担当者

「初めまして。ちゅ」 注※もちろん頬キスです。

なのである・・・・。へ、変でしょ・・・このシチュエーション・・どう考えても・・・(って、もう慣れたけど。しかもイケメンなら嬉しいけど)。

しかも、最悪なのは、散々待たされた挙句、ペルー時間でやっとやっとやっと会議が始まったと思ったら・・・

「hola~」
と、笑顔で遅刻者登場!

como esta? (お元気~?) ちゅちゅちゅちゅ
と、当然のごとく全員にべソで挨拶。

(会議中断)

「で、今説明差し上げたように・・・」←いらっつ
と、再開したところで、遅刻者2登場!!

hola~? Que tal????(お元気???)」 ちゅちゅちゅちゅちゅ

(再度会議中断)

「よ、よってですね・・・私が・・」←いらいらっつ
と、体制を再度立て直したところで、遅刻者3登場!!!

disculpame~(ごめんね~) ちゅちゅちゅちゅちゅ

(再再度会議中断)

って、きりがないっちゅうねん

いやー、やはりラテンは懐が深い(しみじみ)。

去年の冬、豚インフルエンザが猛威を振るう中、某社に行ったら、
「豚インフルエンザ流行中のため、ベソは控えさせていただいております

という張り紙がいたるところに張ってあり、思わず笑ってしまった・・・・。
社を挙げてお断りする、重要事項か!!(って、ペルー的には重要事項なんだろうな)。

VIVA! BESO! VIVA!PERU!!!

人力ロックの度量

我がマンションは、3人(出来る男ジョン、人柄のアレハンドロ、使えない若者)が交代で詰めていて、マンションのメイン玄関の開け閉めをしてくれる。ま、「オートロック」ならぬ「人力ロック」というところか。
安全上、住人ですらメイン玄関の鍵はもらえないので、彼らが人力で日本のマンションのメイン玄関のオートロック機能を肩代わりしているのである。
夜もおちおち眠れないし、冬は寒いし、トイレにもゆっくり行けないし・・・なかなか大変な仕事である。

そんな彼らは、「人間かくありたい」と思わせるなかなかの人物達である。
人生日々色々あるに違いないが、いつも笑顔で元気よく・・・
朝は「ブエノス・ディアス セニョリータ
と、私を笑顔で送り出し、残業疲れでヨロヨロ帰宅した私を
「ブエナス・ノッチェス セニョリータ
と、温かく迎えてくれる・・・・・。

うううううう・・・毎日感動

この間、出張先で買ってきたチーズをその日夜勤だった「出来る男ジョン」に一つあげたら、その翌日残業でヨロヨロと帰ってきた私に、

「セニョリータ、お一つどうぞ
と、プラスチックのお皿にの上で、ペロ~ンとビニールで保護されたミルフィーユみたいなケーキを私に差し出したのだ。

ううううううううううううう・・・・・めちゃくちゃ感動

私は知っている。彼らのお給料を(マンションの管理費収支に書いてあるからね)。目玉が飛び出すくらい安いお給料を。私は知っている。彼のお給料で、お母さんとお嫁さんと息子2人が生活していることを。

その夜、歯が痛くなるくらいあまーい生クリームとイチゴソースがたっぷりかかった「THEペルーケーキ」を食べながら、自分の日々の暴言、短慮、わがまま、横暴を深く反省した私であった。

人生の師とは国籍、職業、貧富に関わらず、意外と身近にいるものである。

じーん(合掌)。

VIVA!人力ロック!!! VIVA!PERU!!!

NO!と言えない日本人?

この間、デパートがバーゲンしてたので、セーターを買いに行った。
原色バリバリのペルワーナ達の中で、私は、よく言えば「シック」、悪く言えば「Bruja(魔女)」と陰口をたたかれる黒中心の装いである。

試着室で着替えて、外の鏡でよく見てみようと、試着室のカーテンを開けて出てみたら・・・・
隣の試着室で、娘の試着に付き添っていたおばちゃんが、私の黒いセーター姿を見て、いきなり店員さんを呼び↓

「これ、色違いないの?????ピンクか赤があったら持ってきて!!!!あんたサイズいくつ?????」
と、私の袖を引いたのである。

「えええええつつつつつ????」と、戸惑う私を脇目に、

「MとL両方お願い!!!!」
と、おばちゃんは、定員さんを高らかに指示しつつ、私にウインクをよこしつつ

「だめよー、こんな色着てちゃ。やっぱりピンクピンク。ピンクが美人に見えるわよー。はいはいはい。」
と、私にピンクのセーターを押し付けて、試着室に押し返したのである。

「ええええええええええええええええ????
と、思う暇なく、

「開けるわよー
と、おばちゃんの声。

「いいわー。やっぱりこっちのほうがいいわよー。絶対いいわよー。ねね、あんたもそう思うでしょ。ちょっと見てあげなさいよ。いいでしょー」
と、自分の娘も試着室から引っ張り出し、親子で私を

「Que Bonita (めちゃくちゃかわいいー) Que Bonita Que Bonita

攻撃にさらしまくったのである。

かくして、「NO!と言えない日本人」の私は、「人生初めてのピンクのセーター」を購入し帰途に着いたのであった・・・。

ちーん(合掌)。

VIVA!おばちゃん!!!VIVA!ペルー!!!!

笑顔の理由

「ブエノス・ディアス!セニョリータ

毎朝、隣の部屋のお抱え運転手のおじさんの一言で、私の一日は爽やかに始まる。
雨の日も、風の日も(って、リマは雨が降らないか・・・)いつも明るく笑顔で元気よく朝の挨拶をしてくれる、私の朝の元気の素である。

しかも、ここ最近は朝の挨拶のみならず、

「休暇は取らないのか?」
「日本に休暇に帰らないのか?」
「もう随分帰ってないんじゃないか?」
「休暇はもらえないのか?」


と、働きづめ(?)の私の体調まで頻繁に労ってくれるやさしさ。
やたら、私の休暇を心配してくれている・・・・と思ったら・・・

「セニョリータ!日本に帰ったら最新のデジカメ買ってきて。お金は払うから」

って、それかい!!!!!それが心配だったのか。

「おいしい話には裏がある」ならぬ「おやじの笑顔には裏がある」である。

ペルーでは、Hecho en Japon(メイド イン・ジャパン)信仰がすごいから、日本ブランドの中国製やブラジル製のデジカメなんてリマに腐るほど売ってるけど、やっぱり日本製が欲しいのである。

「帰ったらね」と、笑顔で約束した後に思う私であった・・・スペイン語のインストラクションってついてるんだっけ?日本製に????

VIVA!おじさん!!!VIVA!ペルー!!!

デザートは別腹?

ペルーのマンションは、引越しや部屋の改装など騒音を伴う作業時間を管理組合で制限している。今のマンションなんて、平日5時以降と週末は騒音作業禁止。つまり、「週末に引越しの搬出入禁止!」という厳しいルールなのだ。

しかし!今我が家の窓ガラスは震えている。
海に面したベランダ側の一面の窓ガラス(サッシじゃありません。硝子です、ガ・ラ・ス)は、びりびりびりびりびりびりと小刻みに震えている・・・。
びりびりびりびり、只今、金曜日夜中の2時半。

びりびりびりびり・・・・ポルターガイストのように・・・・・。

あー、びびびびびびびびびびび。びびんびびんびびんびびびびびびー。

その正体は・・・、2階の住人の飲めや歌えやの大フィエスタ(パーティー)!真冬のリマのベランダでBBQフィエスタである。「テアモ~(愛している)」「テキエロ~(愛している)」連発のラテンポップの重低音が我が家の硝子を震わせているのだ

平日5時半以降と週末は、騒音禁止じゃないんですか?????????

かつて、土曜日にベットを搬入していたらクレームされたのに・・・・。
我が部屋では、金曜日、週末のみならず・・・時には月曜の夜から、ポルターガイスト現象が発生するのである。

大和撫子の「デザートは別腹」ならぬ、ペルー人の「フィエスタは別耳」なのだろうか・・・。

近所の皆様、う、うるさいよね・・・今?

ちーん(合掌)。

VIVA!フィエスタ!!!! VIVA!ペルー!!!

お犬様のお召し物

犬用のアルパカ↓
あるぱか

セーターで財を成した青年実業家の記事が雑誌に出ていた。

ペルーでは日本みたいに、お犬様がお洋服をお召しになっていらっしゃるのだ。
しかも!(誰が着せるのか?)飼い犬だけでなく我が家の近所の野良犬君たちも。

それは、使い古しまくった毛布(と思われる布に)に4つ穴を開けた代物・・・・
そう、めちゃくちゃ臭そうな毛布に・・・・穴を開けて4本足を通しているのだ・・・

暖かいっていうより・・・臭いんじゃないか???

と、お召し物をまといつつまどろんでいる野良犬様達を、毎朝出勤時に横目で見ながら思う私であった・・・。

リマの冬はまだ長い・・。ちーん(合掌)。

VIVA!お犬様!!! VIVA!ペルー!!!

携帯天国

ペルーはいつでも、どこでも、携帯様様である。マナーモードなんて文化はないから、じゃんじゃん・がんがんどこでもノリノリの着信音がなりまくる。
我が社のペルー人スタッフも、いつでもどこでも携帯に出るから、社内会議のときはムカつくが、社外から用があるときには100%捕まえられて便利ではある。
某ローカルスタッフにいたっては、個人用携帯、業務用携帯、固定電話と3台の電話で一日中阿修羅のごとくトークしてあらしゃった(ほとんど私用という噂もある・・)。

この間某会議に参加したところ、

某社のM女史、某氏がなされたプレゼンテーションに対して、
「この経済分析の・・・・・・」と高らかに質問を投げつけられた。

「この分析の資料となっているデータは・・・・」
と、某氏がM女史に回答を始めた途端・・・鳴り響くM女史の携帯。

まさかまさかまさかまさか・・・・まさか・・・

「HOLA!
彼女は迷いもなく携帯に出たのだった・・・。

うそ・・・・・

引っ込みもつかず(か慣れてるのか)、なにやら小難しい説明を続ける某氏を目の前に、携帯で喋る続けるM女史・・・。

「あ、ありえない」と驚く私に、一緒に会議に出席してた我が社のローカルスタッフは、
「この間の別の会議では、プレゼンしてる人が途中で携帯で喋ってたわよー、叔母さんと
だって。

ちーん(合掌)。

VIVA! 携帯!!! VIVA!ペルー!!!!

アイデンティティー クライシス?

最近、NIKKEIのスタッフとペアで営業に回ることが多い。
純粋ウチナンチュウのNIKKEI3世である。

先ずは私が「本日はお忙しいところ、お時間を頂きましてありがとうございます・・・」
と、ヘタクソなスペイン語で口火を切り、その後、彼が詳細を説明するというパターンである。

しかし、最近彼は悩んでいる。

「今日はありがとうございました」と帰り際に席を立つ際に投げかけられる言葉に・・・・。
その言葉とは・・・

「とてもスペイン語がお上手ですね

しかし、この程度ではひるまない。ウチナンチュウNIKKEIは、笑顔で
「ええ、僕はペルー人ですから

しかし、相手も負けない(?)
「何年、ペルーにお住まいですか?

「え?・・・・・リマ生まれです」←ちょっと不安。

さらに追い討ち
「しかし、本当にお上手ですね、ペルー人みたいにしゃべる

「えええええ?????だって、ペルー人ですから」←かなり不安

最後の留め
「いつ、日本に帰られるんですか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(沈黙)←撃沈

いかんせん顔が100%日本人のため、ヘタクソなスペイン語を喋るド日本人の私と一緒にいると、なんとなく「スペイン語が上手な日本人」みたいな固定概念が、打ち合わせの時間に相手の頭に刷り込まれるようである。

昨日の営業の帰りにも彼は車の中で彼はつぶやいていた・・・・

「soy peruano(僕はペルー人です)・・・・・・・・・・

ちーん(合掌)。

VIVA! NIKKEI!!!! VIVA!PERU!!!!

「撫子の魂、百まで」 en PERU

10万人とも数十万人とも言われるペルーの日系人。
「NIKKEI」という言葉が日常に使われるくらいペルー社会に溶け込んでいる。
しかし、ペルー社会に溶けに溶けこんだ結果、3世、4世ともなると、日本語の読み書きはおろかトークさえできない。見目容姿に日本の面影を残すものの、考え方、行動、味覚、趣味思考まで彼らは「ペルー人」である(あたりまえか)。

先日、日系の友達と夕食の約束したら、彼女が、彼女のお友達のショッキングピンクのラテンシャツを着た日系女子も連れてきた。もちろん私の友達も、その「セニョリータ ショッキングピンク」も、日本語ボキャブラリは、

「ありがとう」「おばーちゃん」「おいしい

くらいのもんである(どういう組み合わせじゃ?という噂もある)。

注文したおかずが出てきて3人で「いただきまーす!」と、箸を伸ばしたところ・・・・・。
インカの太陽で焼かれた褐色の肌にショッピングピンクが眩しい彼女が、

ささっ

と、箸を上下逆さに持ち替えて、直箸しないで大皿からシュウマイを自分のお皿にとったのであった・・・・

おおおおおおおおおおおおおおおおおお
見たり!大和撫子魂!!!!!(正確に言うと、琉球撫子!だな)

その後、シュウマイにAJI(ペルー人が大好きなソース)をつけまくる彼女を見ながらも、なんだか暖かい気持ちになった私であった。

VIVA!撫子!!!! VIVA!NIKKEI!!!

住は主を表す?

リマは海沿いの街である。

よって、海が大好き!!!な私は、海沿いのマンションに引っ越した。
リマの海岸線には家はなくて、そこから切り立った崖の上に、海を一望するマンション群が立ち並んでいる。

リマの海は灰色だけど・・・それでも、寝室から海の見える部屋・・・最高

うれしくて、うれしくて友達に

「海を一望できる崖の上のマンションに引っ越したよー」とメールしたら・・・・・

「三十路女、がっけぷち人生の象徴だね

だって。

ちーん

会社の人からも

「崖っぷち女の崖っぷちマンション


と、全く同じコメントが・・・・・。気づかなかった・・・

住は家主を表す・・・・


VIVAがっけぷち!!!!!VIVA三十路!!!!!

お友達としてお会いしたかった・・

・・・・という同僚って、国籍に関わらず結構いる(いるでしょ?)。

我が愛すべき同僚、某女史もその一人である。
性格最高!思いやりいっぱいの彼女。彼女が最高に輝くのはランチタイムのお弁当部屋!!!
クライアントからの相談も、専心誠意、常に全力で対応!!!
そ、それが、彼女の仕事ではなく、彼女のアシスタントの仕事であっても・・・・(自分の仕事せえよ!という噂も大いにある)。
そして、定時になったら爽やかに

アスタ・マニャーナ(また明日)
風と共に去りぬ、である。

ある時、そんな某女史と一緒に地方出張に行った時・・・・の話。
目標は、契約ゲット!その場で契約書にサインして持ち帰るぞ!!!!

おー!!!と、女史と空港で気勢をあげ、意気揚々と出発!!!!

契約交渉も佳境・・・・この場でパソコンで仕様書を書き換えて、このまま一気に契約書サイン!!!!と意気込む私。

「女史!プリンター!!!!」

「はい。セニョリータ!」

・・・・・・・・・・・・・・・(沈黙)

差し出された、プリンター本体(単体)・・・・・んんんんんっつ????

「コンセントとケーブルは?

バックを確認した女史は、

「・・・・・・・・・・・・、入ってないわー。」

って、おいどうやって印刷するんじゃ!!!!!!!

本人曰く、総務の備品管理にプリンターと頼んで、準備してくれたバックを確認もせずにそのまま持ってきたとか・・・。

ちーん。
結局、なんだかんだで、その場での契約書サインを断念し、意気消沈する私に、

「やっぱり、ここまできたんだから~、夕ご飯はトゥルーチャ(虹鱒)が食べたいねー。セニョリータもトゥルーチャ食べたら元気が出るわよ~。フリータ(揚げ物)がお薦めってガイドブックに書いてあるよ~

と、ホテルに戻る車のなかで、私を慰めてくれる女史・・・や、やさしい・・・・

って、私が意気消沈してるのは、誰のせいじゃい!

帰路の空港では、おみやげのチーズを買い漁っていて、飛行機に乗り遅れそうになった彼女。切れ気味で搭乗口で待つ私に、
「一個おまけしてもらったから、セニョリータにもあげるわ~。いっぱい試食して選んだ一品よ~

だって。

あー、お友達としてお会いしたかった・・・(合掌)。

VIVAトゥルーチャ!!!VIVAペルー!!!!

人の話は最後まで聞こう!仕事だし。

タクシーに乗りながらラジオ聞いてたら、7月28日の独立記念日を前にして、「ペルーの歴史と近況」みたいなお堅い番組をやっていた。
大学教授とおぼしき女性が、ペルーの過去の厳しかった歴史についてなんだかんだコメントし、それを受けたラジオパーソナリティーが、

(鼻息荒く)「しかし!最近調査によると、テロの時代を乗り越えた今・・(中略)・・特に若い世代はペルーの外で暮らしたいという願望が減っている・・(中略)・・他方、人間開発指数が非常に高いデンマーク等北欧の国々では、逆に自国外での生活を希望したり、現在の暮らしに充実感を感じられない若者が・(中略)・・・

教授どう思われますか?????」


・・・・・・・・・(沈黙)

「Se fue!!!!!(彼女はいっちゃいました)

と別の誰かの叫び声。

どうやら、ラジオ番組に電話で参加していた大学教授は、言いたいことだけ言ってどっかに行ってしまったらしい・・・・・・(笑えないけど・・・笑える・・・)。

まじめな番組だっただけに・・・・、パーソナリティー的には、ちーん

VIVA ペルー!!!VIVA 大学教授!!!!!

母は偉大なり・・・ペルー母の日事情

「お母さん」は万国共通偉大である。

お母堂がご健在だと、齢60の還暦もとうに越えたおっさんが、
「いい若いもんが!」と叱責されたりする。

私は今年初めてペルーで「母の日」を体験した。

朝いつものとおり「寝ぼけナマコに素顔」でボーっと会社のエレベーターに乗ってると、扉が開く度に、バラの花束や、ぬいぐるみや、チョコレートの箱を配達する配達屋さんの姿が見える・・・・。

んんつ?

と思って出社し、ペルー人同僚に尋ねると、
今日は母の日じゃないですかー (正確には日曜日の母の日前の金曜日)
だって。

私の同僚ペルー人も、
「20個くらい買っときました!!!!!」
と、爽やかにチョコレート購入の領収書を私に差し出した。

んんんんっつ?

彼は、営業に出る時その袋をいそいそと携え、出先の女性担当者に
「子供いるの?」

とずばり単刀直入、超直球な質問。お子様がいると判明したら、
Feliz dia de Mama!!!! 
と、最高の笑顔でベソ(キス)とチョコをプレゼント!

いなかったら、あっさり「あ、そう」である。

ひえー、世界フェミニスト連盟(そんなのあるのか)が聞いたら卒倒するな。
なんて単刀直入、超剛速球ストレートな質問。

母の日といいつつ、「女性担当者全員にチョコ配るのかなー」と思ってた私は、びっくり!!!!!!!!!!!!!!!!
この日は正真正銘「お母さん」だけが主役なのだ!
しかも、「お母さん」は自分の子供や家族だけでなく、社会を挙げて祝福されるのだ!!!!す、すごい。すごすぎる・・・・堂々たるそして完全なる善意の差別・・・・
(なんて思う私は西洋フェミニズムに侵されてるのかしら?)
女性の敬称に「Ms.」が存在する英語圏文化なんて土足で粉々に踏みにじる、この
「お母さんパワー」。す、すごい・・・・。

もちろんわが社でも、ママだけに花束とベソを贈った。
私の知るペルー某社では、午前中は母だけを集めた社内プチパティー(なんとバンド付!)が開催され、午後はママだけ半日特別休暇!が支給されていた・・・。

その事実を知った私の同僚(既婚子なし)は、ひとしきりうらやましがった後に「本日は子作りノー残業デー♪」とか言いながら、さわやかに去っていかれた・・・。
さ、さすが、どこまでも前向きペルー人。

当然ながら・・・その日数々の打ち合わせにおいて、ペルー人に「あっそ」と、私が何度もうっちゃられたことは自明の事実である。合掌。

VIVA ペルー!! VIVA DIA DE MADARE!!!!!!!!!!!!!!!!!

ペルー版3D・・・?

取引先の名前は、がんばって覚える!
ことにしている。

きっと彼らにとってな私の名前を、先方が覚えてくれていると、ぐぐっと私自身彼らに親近感を覚えるからだ。しかし、外国人相手でこれはなかなか難しい・・・。

よって、最近は、契約相手先には、スタッフの写真つきリストを出してもらってる。
でないと、誰が誰だか覚えられない。

結果、全員
セニョール」

「セニョリータ」

というアホ丸出しの呼び方になり、契約方甲としては非常に威厳がない(しかも全員振り返るし・・・)。

この間、業者との初打ち合わせにスト持参で参加して、リスト片手にブツブツ顔と名前の確認してたら、リスト上に約1名写真がない人物がいる。んんん・・?・・と思ったら会議場にも写真にない顔がいる。

「君だけ写真がついてないよー。次回から、瑣末なことでも依頼事項は守ってください」

と、舐められないように、プチクレーム調で問いただしたら、ウッディ・アレン似のおじさんは、

ぬうっつつつ

と打ち合わせ机越しに顔を私に向けて突き出して・・・

「3Dー!!!」渾身の笑顔

だって・・・・

本人曰く、

このイケメンを・・・先ずは3Dで体験して欲しかった

って、・・・・ぷぷぷぷぷぷぷ・・・ウケた。思わず馬鹿ウケしてしまった・・・・。
ペルー人、憎めない・・・・。

現在、私は彼のことを

「セニョール 3D」

と呼んで親しんでいる。

はー、明日もお仕事がんばろう!


VIVA! 3D!!!!! VIVA EL PERU!!!!!!!!!!!!!!!!

Extra

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